HOME » 協会新聞 » Enter症候群?リセット病?

バックナンバー

 

わたしたちの主張
平成25年3月15日

 Enter症候群?リセット病?

 先日の夜、医院の軒先から突然「ミャーミャー」と子猫の鳴き声が聞こえ始めた。何事かと懐中電灯を手に外へ出てみると、何と猫の出産…5匹の子猫たちを確認した。視線が合った母猫を興奮させぬよう一時退却。翌朝、母猫の不在を狙い、タオルを敷いた段ボール製ベビーベッドをプレゼントしたのだが…母猫はこちらに危険を感じたのか、生まれたばかりの子猫にはちょっと迷惑な引っ越しを始めた。もちろん5匹の子猫を1匹、また1匹と優しくかかえていくのだ。そして夕方、子猫は1匹もいなくなった。私は一心に子猫を運ぶ母猫に、本能に裏打ちされた親の姿を見た。
 昨今、この猫にも劣る、母性本能の欠如に起因する事件が新聞紙上をにぎわせている。何かに本能が侵されている。
 最近外来で感じる事がある。親に付き添われ来院する中学生ぐらいまでの子供の患者さんに「どうされましたか?」と聞くと、口を開かず親の方を振り返る。親が「自分で言ってごらん」と促しても、うまく自分で説明できない。言葉を失いかけているようだ。これは漢字を読めても、形が頭にぼんやり浮かぶものの書けないという私の症状と似ている。
 骨折、脱臼、靭帯損傷、いずれも治癒には時間がかかる外傷なのだが、ギプスシーネで固定した翌日に「先生、治りませんが…」と言ってくる患者さんもいる。いくら説明しても若い世代にはなかなか理解してもらえない。私はそのような症状を 「Enter症候群」とか「リセット病」と命名する事にした。小さな頃からコンピューター、テレビゲームで育った世代は Enterキーを押せば瞬時に問題を解決するコンピューター、またリセットボタンひとつで原状復帰するテレビゲームと同様に人間の体を考えている節がある。
 先日の週刊新潮の管見妄語に、二宮金次郎像の横でスマホをいじっている若者の写真が掲載されていた。写真に寄せた文中で藤原正彦氏は、「読書文化の衰退が止まらず、中小の出版社や町の書店の倒産が相次いでおり、私達はつまらない会話やゲームに興じ断片的情報で満足している。ケータイやスマホが悪いのでなく、孤独と読書の時間を奪っているのが悪い。孤独になって初めて人間は深い思索や物思いに沈む事が可能となる。読書は昔も今もこれからも教養を得るため、大局観を得るための唯一の方法だ」と断じている。
 昔の人間は重機も使わず城の石垣を作り、貝殻に灯した明かりで数百メートルに及ぶ銀山を掘った。人間はそもそもとてつもない知恵と肉体的能力を有しているのだ。しかしこれが少しずつ、しかも確実にコンピューターにむしばまれている。その証拠にケータイやスマホを(一時的にせよ)、失った時の狼狽ぶりは誰もが経験があるのではないか?読書をし、自然を歩き孤独に浸る・・・忘れないようにしたい。
 ちなみに若い人に二宮金次郎を指差して「これは誰でしょう?」と聞いてみた。「う~ん、…小僧ですか?」もはや若い世代には、二宮金次郎さんも「絶滅危惧種」らしい。早急に処方箋が必要なのだ。

 (副会長 佐藤 直人)

 

●お問い合わせ ●リンク