ジェンダーはWikipediaによると生物学的性差とは異なる多義的な概念で社会的性差ともいわれ、性ホルモンを基盤とした差を臨床に生かそうとする性差医学とは違いがある。 私は開業後1990年代から性差に興味を持って勉強してきた。性差の要因は、当然性ホルモンで、テストステロンは男らしい、そしてエストロゲンは女らしい体を作り上げる。具体的には、筋肉優位の男性、脂肪優位の女性が作られる。また、エストロゲンは血清脂質に対する作用としてLDL—Cを下げ、HDL—Cを上げる作用がある。LDL—Cを悪玉コレステロール、HDL—Cを善玉コレステロールというが、日本動脈硬化学会は基準値に性差を設けず、LDL—C140㎎/dl以上を高LDL—C血症としている。しかし、女性の場合、LDL—C140㎎/dl以上で冠動脈疾患の発症が増えたという疫学調査の結果が報告されたわけではない。例えば、LDL—Cが140㎎/dl以上でも、女性では、男性に比べ抗酸化作用があるHDL—Cが高く、LDL—C/HDL—Cから考えても男女同じ値が基準値になるとは思えない。つまり、LDL—Cの値のみで動脈硬化は進むのではなく、LDL—Cの大きさや、その他、同時に測定される酸化ストレスとなるリスク因子にも性差があることを考えると、LDL—CだけでなくHDL—Cにも基準値に性差を設けるべきである。 一方、学会がEBMとは程遠い男女同じ基準値に固執するのは、1997年に初めてのガイドライン発行時に強引に男女同じ基準値を設定したことに始まる。その後、性差の議論が高まったにも関わらず、(一社)日本動脈硬化学会が発行した『動脈硬化性疾患予防ガイドライン』の2017年版では吹田スコア、2022年版では久山町スコアが男女共用で使用されている。 今年3月、福岡で開催された第87回日本循環器学会学術集会の循環器教育セッションでは、家族性高コレステロール血症の診断と治療アップデートのセッションがあり、当院の20代女性が家族性高コレステロール血症の場合、閉経後にLDL—Cが180㎎/dl以上になった母親の家族性の可能性について質問したが、的確な回答は得られなかった。 さて、わが国では社会的・文化的に作られた性差によって生まれたジェンダーギャップが大きいが、現実には身体の性別と性自認が違うトランスジェンダー、さらに性別と性自認を適合させる手術を望む性同一性障害の方がいる。LGBTはレスビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーをいいセクシャル・マイノリティー(性的少数者)ともいわれる。また最近では同性婚については国会でも議論され、既にオランダでは同性カップルによる婚姻が2001年に認められている。わが国では記録的な少子化もあり、ジェンダーに関して、これまで浮上することがなかった少数派のテーマまで議論されるようになった。 しかし、ジェンダー平等の流れの中で、性差医学的には根拠がないまま男女同じ基準値が活用され続け、それが真実と思い込む医師や患者が増え、常識として定着するのを学会は待っているのだろうか。
(常任理事 田中 裕幸)
|