HOME » 協会新聞 » 佐賀を歴史観光の地に

バックナンバー

 

わたしたちの主張
平成25年6月15日

 佐賀を歴史観光の地に~メガソーラーは移して~

 佐賀を歴史観光の地に
  〜メガソーラーは移して〜
 吉野ヶ里遺跡群の中心的場所にメガソーラーが設置されました。何とも異様な風景になってしまっていますが、このまま計画が進めば電柱が建ち電線が張り巡らされるのでしょうか。本当に何ともったいない事を急いで進めるのでしょうか。しかも39億円ほどの県費を使ってまで県の宝、国の宝を台無しにするような計画は急がず変更する知恵と勇気を持ってください。
 1kwを42円で電力会社が買い取るのは3月までで、4月1日からは国会で38円に引き下げられたとかで工事が急がれたと報道されましたが、契約は昨年9月3日でした。企業体も遺跡の上に据える事に心の抵抗があられたのではないでしょうか。私は、メガソーラーそのものに反対しているのではありません。設置される場所に反対しているのです。よりによって吉野ヶ里の大切な所に設置しなくとも、例えば空港の周辺とか他に、もっとよい適地もありましょう。自分の土地を貸してもいいと言う方に何人も会いました。県は今いろんな面で「前のめり」と評されている事に耳を傾けるべきです。 今の計画では20年間の企業体が担うリース代合計が3億2千万円なので、36億円を県は失います。そればかりでなく吉野ヶ里の文化的、精神的なものを大いに損ねます。加えて観光資源としての価値も著しく落としてしまうと思います。
 佐賀はユーラシア大陸に近く中国や韓国などとの交流が古代から盛んで、遺跡史跡に恵まれ歴史のロマンを秘めています。これは将来の国際親善にも貢献するでしょう。
 吉野ヶ里からはベトナムの古い器も出土していて非常に貴重だそうです。
 北に日本初の茶栽培の雲仙寺、縄文時代の戦場ヶ谷遺跡、九年庵、日社社、地蔵院、伊東玄朴生家、平忠盛の日宋貿易関連の下中杖遺跡、弥生時代から続く櫛田神社、奈良時代郡衙跡とその官通跡、王仁神社と徐福集団ゆかりとされる古代人骨。つまり縄文時代から弥生、古墳奈良平安から近代までの複合遺跡で、これほど立派にまとまって残っている所は珍しいとの説明をされたのは、文化財保存全国協議会の田中義昭代表と鈴木重治委員の先生方でした。今からでも遅くありません。
 吉野ヶ里は景観とともに広大な自然公園として、日本のみでなく、弥生時代の日本の重要な遺跡としてアジア・ヨーロッパ・アメリカ・アフリカからも見学者が来られるような魅力的な歴史公園とし、その来訪者を明治維新の佐賀市に回遊観光してもらえば素晴らしく、理想的です。2つの海を持ち、農業県でもあり、山海の珍味に恵まれ、有田伊万里は世界的で、こんなに可能性を秘めた県も珍しいと思います。観光産業は最も公害を出さない即効性の高い産業だと思います。
 吉野ヶ里メガソーラーはそれらを犠牲にするのではありませんか。 メガソーラーは雇用も産みませんし経済効果も期待できません。 大人が簡単に遺跡を壊しては教育上もよくないと考えます。 国家的予算で歴史公園になったのですから、県外の方々に恨まれないようにも対処するべきでしょう。遺跡を壊した県より守った県の方が後世に誇れます。
 メガソーラーは吉野ヶ里遺跡から移されるようお力を添えてくださいませ。
 (常任理事 太田 記代子)

 

●お問い合わせ ●リンク