物事をうまく進めるにはどうすればよいか? それには、正確なデータに基づいて、今の実情を把握し、しっかりとした計画を立てて、実行する事が大切だと思います。
そのためには、過去の同じような施策に学ぶことは、大変貴重であり、まずはしっかりとした検証を行い、問題点を抽出して、同じ失敗を繰り返さない事が重要です。
今、議論になっている医学部の定員減の問題は、将来の医師過剰時代に備えて、今のうちから医学部の定員を減らしておこうという議論です。でも、以前にも確か、そんな議論があったような気が…。
というのも私が医学部に入学した25年ほど前も同じ議論がされ、一時期、医学部の定員が、減らされた記憶があります。その頃言われたのは、「将来、医師が過剰な時代となり、医師の人件費が、国の財政を圧迫するようになる」いわゆる「医師亡国論」でした。ところが、今、現在、どこにも過剰な医師はおらず、どこの医療機関も地域も、慢性的な医師不足です。つまり、私が医学部に入学したころの医学部定員減は、結果として間違った施策であったと言えます。そのツケが今の医師の過酷な労働環境に結びついているわけで、当時の施策がなぜ失敗し、今回その失敗をいかに生かしていくかが、非常に大切ではないでしょうか。
確かにデータだけを見ると、なんだか本当に医師過剰時代が来るような気分になってきます。でもちょっと待ってください。このデータは「悪意がなければ虚偽の報告をしても、隠蔽ではありません」というお国のものなのでは。予測はあくまで予測であって、現実に医師は不足しているのに、将来医師が増え過ぎたらどうしようという議論は、今、お金がなくて少しでも節約しようとしているアルバイトの人に「今後、正社員になった時の収入を予想し、将来はお金持ちになって、お金が余ってしまうので、今のうちから対策を立てましょう」と言っているように思えて現実味がありません。
現在の医師不足に対応するため、女性のキャリアアップのための整備がされようとしていますが、とてもまだ十分に整備できていません。また、今まで医師のボランティアで成り立っていた地方にも、医師の働き方改革の波が押し寄せ、夜間や救急医療が地域の人々に供給できない事態となっています。このような不確定要素が多い中、女性医師の環境整備ができれば、これだけの女性医師が現場で働けるとか、医師の診療科や都市部への偏在をなくせば、これだけ地方に医師を供給できると予測しても、それは机上の空論です。
将来のビジョンと現在の問題を解決する事は、確かに同時進行しないといけないところはあります。しっかりとした検証を行い、将来の心配より、まずは現状の改善に重きをおいた施策を実行していただきたいと切に願います。まだ実行されていない女性医師の環境整備や、まだ始まっていない医師の働き方改革が待ち受けている中、医学部の定員を減らすのは、時期尚早と思わずにはいられません。
医学部の定員を一度減らすと、医学部を卒業するのは、大学に入学してから最低でも6年はかかるのですから、急に医師の数を増やそうと思っても、すぐには増やす事はできません。より慎重な議論を望みます。
(理事 今村 洋一)
|