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わたしたちの主張
平成22年7月15日

医療基準と原価計算に基づいた診療報酬に

 “どうして、日本の歯科治療はあんなにデタラメなんだ。"メルボルン(オーストラリア)で開業しているDr.ロス(歯科医師)から質問された。

 Dr.ロスとは四月にジュネーブで行われた歯科の国際学会で、偶然知り合いになった。話が盛り上がるうちに、彼は日頃から感じている素朴な疑問を私に投げつけたのである。彼曰く、「私の歯科医院には少なくない数の日本人が受診する。一流企業の社員が多く、金持ちだ。なぜに、金持ちの日本人の口の中の治療はひどいか?トヨタなどの企業技術は世界一なのに、なぜ歯科技術は??エンドは根尖まで根充されていないどころか、触っていないのもある。ペリオも補綴もひどいetc…。」

 私は、日本の歯科医療が世界の笑い物になっていることを目の当たりにし、日本の歯科医師として何とも恥ずかしかった。我々日本の歯科医が決していい加減なわけではなく、国が決める診療報酬が低いからだといい訳をしてみたが…。

 歯科医療の低診療報酬を、エンド(歯根の治療)を例に説明しよう。海外との格差は歴然としており、米国の十八分の一、イギリスの十六分の一である。仮に、奥歯の根の治療を丁寧にした場合、四根であれば一時間の治療が八回程度かかる。その時の我々の診療報酬は、初再診料やレントゲン料を含め、初回六千八百五十円、二~六回目は七百二十円、七回目が千三百二十円、最後に四千百二十円、合計一万五千八百九十円である。一時間当たりの売り上げは千九百八十六円と極端に低い。このような歯科の低報酬は、ほとんどすべての治療で同様で、エンドに限ったものではない。

 このあまりにも不当な低診療報酬は、治療レベルの低下、架空・不正請求の発生、無駄なやり直し治療や過剰診療、無意味な自費診療への誘導、混合診療等を引き起こしやすくする。このようなことは、望ましいことではないが、残念ながら、皆無とは言い難い。

 このことを解決するには、医療基準を決め、それに必要な原価を計算する。その上で診療報酬を取り決めることが必要ではないだろうか。

 エンドを例にとれば、無菌下ですべての根管を見つけ出し、根尖まで拡大し、緊密に根充するといった歯科学的に当然のことを医療基準とするのか。それとも、Dr.ロスが疑問をもつような、見つかる根管だけを、唾液が混じった状態で、ある程度の根充とするのか。現状は、医療基準がはっきりしておらず、あたかも不良根充でも基準を満たしているかのようである。

 次に、原価を計算し、診療報酬を客観的に決定する。我が国の診療報酬が原価計算されずに決められていることは、本当に驚きである。そのため、歯科学的に正しい治療をすれば赤字である。必然的に、世界の笑い物になるような低い治療レベルに落ち着いてしまう。さらに、悩ましいことは、これらのことは、歯科医の中では暗黙の了解事項であっても、一般国民は知らないのである。

 終戦後、悪法なりとも法の精神で、ヤミ米を拒絶して餓死(殉職)した山口良忠判事の話を思い浮かべる。我々歯科医も、歯科学的に正しい治療を行い、保険のルールを守ってスタッフ共々餓死するか、あるいは、ヤミ米を食べて生き延びるか、選択を迫られているように思う。

 “医療基準の決定、原価計算、診療報酬額の決定"といった単純明快なことが、歯科医療の発展を生み出すと確信する。その受益者は、第一に患者である一般国民である。次に患者の健康のために心血を注いでいる私たち歯科医である。さらに、歯科学的、経済的、倫理的に曇りのないシステムは、関連歯科産業を刺激し、強い経済、強い社会保障を生み出すはずである。

(理事 市丸 英二) 

 

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